スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』:快楽と苦悩の間

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』は、本が焼かれる未来の社会を描いたSF小説である。主人公はその社会で焚書課に所属し、日夜書籍の焼却に明け暮れている。しかしそんなある日、クラリスという少女に出会い、日常に疑問を持ち始めることから小説が動き出す。
 主人公が住んでいる社会は、テレビやラジオが常時駆動し、国民にコンテンツを提供している。そして、高度に機械化された社会の中で、人間は直裁的になり、低俗的になっている。主人公は、日常に疑問を持ち始めることからはじまり、深遠なるものについての思索をめぐらし始める。そしてそれは、自分の立場を貶すことにもなった。
 内容についての詳細は置くが、この本の中心にあるものは、概念としての「本」と「テレビ・ラジオ」の二項対立である。一見勘違いされがちであるが、別に焚書といっても禁書に指定されている以外の本は存在することが読み取れる。そして、焚書される本の代表格は「プラトン」であったり「聖書」であったりするわけである。これら作品に共通することは、コンテンツの受容者に対して広い意味での「費用」を要求することだ。内容は難解で、読み取るのに深い思索を要求する。一方、「テレビ・ラジオ」の方と言えば、極端にダイジェスト化されている名作であったり、映像上の「親戚」であったり、垂れ流される「海の貝」と称するラジオであったりするわけである。これらは受容者に一切「費用」を要求することはない。刹那的な享楽に身を委ねれば良い。
 こうした二項対立ははっきり言ってこれだけでは陳腐な発想と言わざるを得ない。しかし、この作品の白眉たる部分は多様な登場人物がブラッドベリの複雑な世界観を反映しているところにある。たとえば、主人公の上官は体制側の立場から、主人公に強烈な反問を浴びせる。上官の言に拠れば、いわゆる「本」のようなものにより、個々人が個性を深め、社会が複雑化すれば、社会にとって不都合である。だからこそ、多数派に合わせ、タイプライターをしまい込む必要がある、と諭す。これは功利主義、保守主義、相対主義の立場からの強烈な反論であり、ある意味現代社会の正当化の象徴でもあるだろう。まして、それによって国民は「幸せ」を手に入れており、主人公ですらそうであったのだ!これを信じることの、どこに正義があろう。だからこそ主人公は混乱する。そこで登場するのが、主人公を助けてくれる老教授であり、逃げ延びた先にいる「本」となった老人たちである。老教授は主人公に、本があることの本質を本による知の核心の会得と思考の相互作用に基づく理念の確立とその実践にあると論じる。
 普段我々は、リベラルな民主主義に基づく相対主義の思考に浸かりきっている。それゆえに、我々は思考に優位づけしたり、はっきりと真理の存在を語ったりすることは恐れることになりがちだ。しかし、極端なディストピア社会で刹那的な享楽に浸る人びとを見た時、我々は相対主義を否定せざるを得ない。この本の価値はここにあるだろう。真理は存在せずとも、真理を恐れず、難解な本や人びととの相互作用に我々は挑戦しなければならないのである。くれぐれも強調しておきたいのは、この作品が単純な形而下的な本擁護にないと私が信じることだ。映画は確かに頻繁な場面変更で人びとの直覚に訴えるが、それは別に映画が深遠なるものに到達し得ぬことを決して意味しないし、漫画やアニメ等であっても同様であろう。むしろ核心は、自分の思考とコンテンツを相互作用できるかどうかにこそかかっている。コンテンツの受容者こそ、この作品の中心問題なのである。
 最後に、主人公は書籍を知識として貯め込もうとする人びとと出会い、全体主義社会の克服と人びとが今日に至るまで培ってきた真理の力強さをアピールする。そして、全体主義社会はそれと共に破壊され、主人公は社会の再建に立ち上がるという、極めて希望に満ちた結末となっている。主人公の上官の死、そして彼が死にたがっていたこともそれを象徴しているだろう。
 この本は、マッカーシズムに基づく「赤狩り」の時代に著された。今日、焚書の現実的脅威は失せた。しかし、この本でも強調されているように、むしろ禁書というのは自生的諸力によってなされることが多いというのが真実である。刹那的享楽の狂騒により、書籍すらテレビ・ラジオ化する。これこそ恐るべきことである。例えば、雑誌の横吊り広告を見れば、どういうことかは得心できるだろう。現代日本社会、今日的状況においても「華氏451度」のメッセージは完全にアクチュアルである。
スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
最近の記事
フリーエリア
あわせて読みたいブログパーツ
月別アーカイブ
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

なか

Author:なか
相棒、デジモノ大好き人間です。
よろしくお願いします!
できればみんぽすで記事を評価していただけると
嬉しいです。

もっと詳しく!という人はこちら(笑

ブログ内検索
フリーエリア
    follow me on Twitter
    リンク
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。